英語教育について~反対派・藤原正彦氏 VS 賛成派・浮島とも子氏~

私の本職とは関係のないことで、この議題をインターネットという公の場に流すことは不適切である。私よりももっともっと適切な方がいることを重々承知の上で、私の現時点での個人的な想いを書いてみたい。


20年前は考えもしなかった社会保険労務士という法律を扱う仕事し、そして、子をもつ親として日々生活している。

自分は、勉強好きな子供とはいえなかったが、このような立場に立った今、「教育」というものが、国家にとっていかに大切なものであるか認識させられる。


平成21年4月より小学5・6年に週1時間の英語教育が始まった。


そのような状況の中、2009年4月17日(金)産業経済新聞社による金曜対談に、反対派・藤原正彦氏と賛成派・浮島とも子氏の論説を目にする機会に恵まれた。


まず、反対派・藤原正彦氏は、限られた学校教育で英語に割く時間はない。内容のない英語を話しても外国人から侮蔑をあびるだけ。小学校は母国語で固めて教養と大局観を得ることが国際人として大切。英語が必要な者は、高校や大学などで学べばよいのだ。


一方、賛成派の浮島とも子氏は、アジア各国、英語能力を早くから養っている。英語によるコミュニケーション能力の素地が求められている。国語も大切なので、小学校低学年・中学年で国語の時間をふやしていけばよい。子供が英語の興味をもてば自ずから伸びていく。


どちらも国際人であることと日本語そして英語が大切であることは否定していないのです。「限られた授業時間」という前提条件の下での、英語習得の方法論の問題なのでしょう。


国民の意見が分かれるところであると思うのですが、個人的には藤原氏に賛成したいと思いました。

浮島氏の言うように低学年と中学年で国語をみっちりやれば、高学年の国語の時間数は少なくてすむとは思えないからです。年齢があがれば、感じる力も読解力も上がりますから、低・中学年とは違うレベルの授業ができるでしょうし、それは中学高校の国語にもつながるはずです。

つまり私は、授業時間は限られているのだから、英語を取るか国語をとるか?と、問われると「国語」と答えたいという立場。


何かの文献で(藤原氏の「国家の品格」だったかな?)、英語がしゃべれない親ほど「小学から英語」といい、英語がしゃべれる親は「英語は中学からでいい」という。というアンケートがあるそうで興味深いと思った経験があります。


英語のしゃべれない私は、子供に何を望めばよいのかな?
小学校においての英語授業は始まってしまいました。
始まったからにはがんばって欲しいものです。